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第7回 抱儀「小ばしりに」2005. 3.15


縦21.4×横28.3cm






  ♪ 春よ来い 早く来い 歩きはじめた みいちゃんが 赤い鼻緒の じょじょはいて おんもへ出たいと 待っている ♪
 相馬御風作詞の「春よ来い」は名作である。迂闊にもこの年になるまで「みいちゃん」ではなく「みよちゃん」だと思っていたが、春を待つ気分は「みいちゃん」よりも強い。水の温もり、風の香り、土の匂い、木の芽のふくらみ、色彩の微妙な移ろい、それこそ全身全霊をかけて春を待っている。
 ここに掲げた一枚摺の季節は初春。南渓が師の蒼とともに江戸に下って越年、翌年初春、一足先に帰京することになったらしい。その南渓を送る餞別の一枚摺である。
 上段に絵。東海道の基点日本橋から保土ヶ谷に至るまで各宿への距離を記しているのは、道中絵図に見立てたからだろう。日本橋から仰ぐ富士山、品川宿の澪標、川崎宿の渡し船、神奈川宿の帆船。保土ヶ谷の絵は、権太坂を越え信濃坂を過ぎて戸塚に出る山。絵師の名前は記されていない。旅心を誘う、さりげないセンスが感じられるから、抱儀だと思う。
 抱儀は蔵前の札差。守村氏。文久二年(1862)一月十六日没。享年五十八。絵は抱一の門。何丸は、抱儀を自らの門人としている(『半場里丸家蔵俳諧資料集』所収の何丸俳諧一枚摺)が、抱儀は蒼門で俳諧に遊んだという方が正しいだろう。
 下段には抱儀発句、南渓脇、蒼第三からなる餞別歌仙表六句をおき、続いて南渓の留別挨拶句、壽堂、蒼、抱儀の送別発句四句を収めている。
 江戸を旅立った南渓は京都の人。『訂正蒼翁句集』に「よく寝るものは修行に覚束なしと、門人南渓が薙髪に申おくる」の前書で、
  油断して門たゝかれな花の朝      
と戒めた発句があることからみて、この人、お坊さんであったかもしれない。
 抱儀、蒼に見守られて旅立つ南渓は、「春もまだ寒い」ことと「ひとり歩きの旅が心細い」ことをかけて、上手に甘えた発句「春もまだひとり歩行のさむさかな」と詠んでいる。そんな南渓を蒼が京都から連れてきたのは、「東海道の一筋も知らぬ人、風雅に覚束なし」(三冊子)という芭蕉の言葉を思い出したからだろう。
 春を探して旅に出たいという憧ればかりが、心のなかでひとり歩きしている。鬼貫にならって「禁足の旅」に出るほかないのだろうか。