俳文学会東京研究例会
例会プログラム
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第462回
2022年12月17日(土)14:30〜17:00
江東区芭蕉記念館 
●研究発表
俳画研究の意義―「俳画の楽しみ Enjoy HAIGA」展によせて― /伊藤 善隆氏

【要旨】
俳画、俳画賛は、文学研究の俎上に載せられることが少ない。また、美術史の研究でも取り上げられることが少ない。たしかに、研究は盛んでないが、様々な作者による作品が、大変多く残っている。そのため、江戸時代の俳諧史の全貌を捉える上で、逸することのできない資料体であると考える。本発表では、あらためて「俳画」の定義の難しさや研究する意義を考えた上で、実際に現在開催中の「俳画の楽しみ Enjoy HAIGA」でご展示頂いている資料をいくつか取り上げて解説を加えたい。

●研究発表
蕪村点評語『しほからし』再考 /安保 博史氏

【要旨】
「しほからし」という蕪村の句評語は、夙に潁原退蔵編『蕪村全集』(有朋堂書店・大正14年)の頭注に「理窟のつみたるを形容する語」と記されて以来、その解釈が大正・昭和期を通じて踏襲された。しかし、平成期の初め、上野靖氏「蕪村評語考―『しほからし』と『眼前致景』―」(『成城国文学』第6号・平成2年3月)において、「しほからし」が「古風な様子や旧式のことをいう『古格』の謂い」の芸評語であり、蕪村の評語「しほからし」も「古格」の意として解すべきことが提唱され、この新説が平成期の蕪村関係の書籍の論説に反映されることになった。特に、大谷篤蔵・藤田真一校注『蕪村書簡集』(岩波書店・平成4年)の巻末の「解説」(「句会・添削」の項)に、
  「塩からし」などという、歌舞伎の芸評に頻用される評語を応用するところは、蕪村独特のもの
  と思われる (書簡三一など)。これは、蕪村と同様、芝居に親しんだ几董には見られない。こ
  うした芸評用語の援用は、文化史的な観点からも重要な意味を持つものと考えられる。歌舞伎の
  芸評語を、風雅(詩歌連俳)の一体に含まれる俳諧に、そのまま用いるというのは、両者の間に
  共通の基盤を認めねばならない事象といえよう。元禄の蕉門では考えられないことである。
と説かれる如く、俳諧の句評に「塩からし」という歌舞伎の芸評語を援用することが、「文化史的な観点」から見れば、「両者の間に共通の基盤を認めねばならない事象」として把握できるとの考え方は、連俳・芸道の文化的共通性の検討を促すものであり、注目されるのである。
 今回の発表では、上掲の「しほからし」の先行研究に導かれつつ、寛文年間成立と覚しき茶道類聚編纂書である『茶譜』巻12「茶之振茶筅之事」の一節に、
  右、「したるい」「塩の辛し」と云ふことは、諸芸に嫌ふことなり。殊更、茶の湯は、第一忌む
  ことなり。
とあるとおり、「塩の辛し」が「したるい」とともに、「諸芸に嫌ふこと」であり、特に「茶の湯」では「第一忌むこと」と強調している事実を手かがりとして、「諸芸」たる能楽・歌舞伎・茶道・俳諧などの「しほからし」の用例群に徴し、以て蕪村の評語「しほからし」の再検討を試みてみたい。

  

第461回
2022年11月19日(土)14:00〜16:30
場所 森下文化センター 多目的ホール

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●テーマ「発句はいつどのように詠まれたのか」(江東区公開講座を兼ねます) 司会:稲葉 有祐氏

 連歌発句の変遷  /松本 麻子氏
 
 発句はいつどのように詠まれたのか―延宝期の事例から―  /佐藤 勝明氏

第460回
2022年9月24日(土)14:30〜17:00
江東区芭蕉記念館 
第32回テーマ研究 「「かるみ」の新展開」

●シンポジウム 

【趣旨】
 周知のように、芭蕉は晩年、門人に対して盛んに「かるみ」を説いている。その終焉まで提唱されていった「かるみ」は、それがために蕉風の究極的な到達点とも認識され、研究史上、非常に重要な理念として位置付けられてきた。ただし、芭蕉の「かるみ」とは一体何か、という問いに、決定的な答えは出されていない。例えば、昭和10年代、中村俊定氏が「かるみ」を俳風(表現)の問題と捉えたのに対し、潁原退蔵氏が精神論と解したが、両者の根源的な対立は依然として完全に解消されたとは言えないのが現状であろう。「かるみ」を胚胎した時期も問題となる。また、常に変風を求める芭蕉が、最終的に一つの型に収まろうとしたのか。そして、研究と実作という問題から見ると、どうか。
 もとより、自身が「かるみ」を体系的に論じた記事はないため、芭蕉の「かるみ」への理解には困難を伴うが、近年、金子はな氏『惟然・支考の「軽み」―芭蕉俳諧の受容と展開―』(武蔵野書院 、2021年)が刊行された。そこで、本シンポジウムでは、芭蕉の「かるみ」を研究者と俳句作者という二つの視点から照射しつつ、「かるみ」を継承した門人達の言説にも視野を広げ、「かるみ」とは何か、「かるみ」はいかに受容されたのか、について総合的に考えてみたい。討論では登壇者に加え、フロアの方々も交えての充実した議論を期待する。
 
14:30〜 趣旨説明(司会 佐藤勝明氏)
14:35〜 中森康之氏「金子はな『惟然・支考の「軽み」―芭蕉俳諧の受容と展開―』が提示したこと」
14:55〜 谷地快一氏「軽みと写生」
15:45〜 休憩
15:55〜 討論(金子はな氏・谷地氏・中森氏)
       司会 佐藤氏
〜17:00

第459回
2022年7月23日(土)14:30〜17:00
江東区芭蕉記念館 
●研究発表
連歌の終焉―明治期の上野東照宮連歌始を手がかりとして /浅井 美峰氏

【要 旨】
本発表では、架蔵の連歌世吉二種と葉書一通から、連歌の一つの「終焉」について考えたい。前者は、明治三十七年と三十九年の正月十一日に上野東照宮で行われた連歌始のもので、原懐紙ではなく写しだが、明治期の連歌の様相を示すものである。この連歌始は、近世の柳営連歌を継承するものとして行われていたと考えられる。後者は、大正期の花園稲荷・五条天神神職の葉書で、連歌の宗匠がいなくなり道が絶えた、という内容を持つ。江戸期の流れを承ける(と主催者が考えていた)連歌がどのようなもので、それがどのように潰えたのかを見ていくこととする。明治期以降の連歌史を考える上でも有意義な資料だと考える。
 
●研究発表
 『おくのほそ道』編集作業についての試論 /深沢 眞二 氏

【要 旨】
『おくのほそ道』は、旅中や旅の後まもなくに書かれた断片的句文をもとにして編集されたのだろうと推測されている。しかし、現在知られている資料を整理して、執筆時点ですでにあったと思われる句文と『おくのほそ道』を照らし合わせてみると、取捨選択は一様でなく、複雑な編集過程が見てとれる。芭蕉は先行句文から複数箇所を選び『おくのほそ道』の柱とし、それらと関連のある記事を別の箇所に嵌め込もうとして、同じモチーフを反復しつつ変化させている。いわば〈組紐〉を編むようにモチーフを綿密に配置しているらしい。「行春」と「行秋」の対照、松嶋と象潟の対照、「萩」と「西行」の反復、佐藤庄司の旧跡における複数のモチーフの交差について検討し、とくに「月」と「日」の〈組紐〉的構成に注目して論ずる。

第458回
2022年6月25日(土)14:30〜17:00
江東区芭蕉記念館 
●研究発表
木藤才蔵先生旧蔵連歌資料コレクションの紹介
 /浅井美峰氏・川上一氏・川ア美穏氏・神作研一氏・時田紗緒里氏・深沢眞二氏・綿抜豊昭氏

【要 旨】
木藤才蔵先生(日本女子大学名誉教授、1915年〜2014年)旧蔵の古典籍53点が、ご生前の覚え書きに基づき国文学研究資料館に寄贈された(2016年)。同館はこれを「連歌資料コレクション(木藤才蔵旧蔵)」の名のもとに保存し、すでに全点のデジタル画像を公開している。コレクションは連歌懐紙や連歌論書などの連歌資料を中心として、宗牧や紹巴の書状、暁台宛蕪村書状をも含む。2021年度には特定研究「国文学研究資料館所蔵木藤才蔵コレクションの基礎的研究」(研究代表者:綿抜豊昭)が立ち上げられて、このたび53点の書誌解題がまとめられた。今回は資料の一覧を掲げつつ、特定研究の各メンバーが、それぞれ担当した資料の内から特に注目される1点ないし2点を選んで報告をおこなう。

第457回
2022年5月28日(土)14:30〜17:00
江東区芭蕉記念館 
●研究発表
許六連句における「かるみ」 /牧 藍子氏

【要 旨】
許六が「かるみ」の句の特徴を説明するなかで用いている「直に見るがごとし」(『俳諧問答』)という表現と、後年の自注連句作品を手がかりに、許六が芭蕉の「かるみ」の教えをどのように理解していたか明らかにする。許六は「かるみ」の特徴として、句の表には直接表現されない情景までもありありと思い描かせるイメージの喚起力を重視しており、一句の表現としては、前句を深く読み込むことによって見出した素材を付句の核として提示する形を好んで用いている。このような許六の「かるみ」の性格は、元禄五年に許六が芭蕉とともに巻いた連句作品の特徴と重なっており、許六が連句の場で芭蕉から受けた「かるみ」の教えをよく理解し、帰藩後もそれを意識的に実践していたことがわかる。以上にくわえ、許六の連句における「かるみ」と、いわゆる「取り合わせ論」との関連についても言及する。
 
●研究発表
 西鶴十三回忌『〔馬〕』について―松岡説を手掛かりに― /伊藤 善隆 氏

【要 旨】
李梅編『〔馬〕』(宝永三年刊)は、松岡満夫「「馬」―西鶴十三つ忌追善俳諧集の一つ―」(『創立十周年 記念論文集』京都府立大学女子短期大学部、昭和36年12月)で翻刻・紹介された資料である。しかし、同稿はその後ほとんど言及されることがなかったと覚しい。『元禄時代俳人大観』(八木書店、平成23年6月〜平成24年3月)も、本書を見落としている。今回は、あらためて本書の内容を紹介し、団水編『こころ葉』における李梅たちの待遇への不満から本書が刊行されたのではないか、という松岡氏の推測を、李梅の入集履歴を確認することで、再検討したい。

第456回
2022年4月23日(土)14:30〜17:00
江東区芭蕉記念館 
●研究発表
 初代中村七三郎の位置〜元禄江戸俳壇と梨園〜 / 稲葉 有祐 氏

【要 旨】
元禄期を代表する歌舞伎役者の初代中村七三郎は少長と号して俳諧を嗜み、宝永五年の物故の際には追善集『のこる露』が上梓された。ただし、同書が無名作家による小冊であることから、七三郎は当時の江戸俳壇の中心から離れた存在だったと位置づけられている。だが、本当にそうなのか。本発表では、句の贈答や俳書への入集状況等をもとに、江戸のみならず上方でも大人気を博した七三郎の交流圏について考察してみたい。浮世草子との関連・後代の役者への影響・都市江戸におけるシンボル化という問題も視野に入れながら、蕉門の其角や、当時勢力を保持していた調和や不角らとの繋がり、七三郎の俳壇での位置について明らかにする。

●研究発表
 災害と近世俳諧 / 佐藤 勝明 氏

【要 旨】
災害列島と言っても過言ではない日本に生を受けたからには、どの時代の人も、さまざまな災害と向き合い、意識してきたに違いない。では、近世の俳諧にそうした災害はどう反映しているのかと問われ、にわかには答えられない自分に気づいたことをきっかけに、怱卒の仕儀ながら、『古典俳文学大系』(集英社)などから句や文を探し、自分なりに考え始めてみた。まだこれといった結論があるわけではなく、また、これが個人の手に負えることとも思われない。こうした研究にも何らかの意味があるのではないかという、問いかけないしはお誘いとして、受けとめていただければありがたい。具体的には、一茶・蕪村・其角・芭蕉と初期俳諧若干を取り上げる。

第455回
2021年12月25日(土)14:30〜17:00
江東区芭蕉記念館 
●研究発表
 “蕪村は晩成型”は本当か / 冨田 鋼一郎 氏
    
【要 旨】
蕪村は、“遅咲きの天才、画・俳とも晩成型”といわれる。百年前に河東碧梧桐が各地に埋もれている資料を探索した結果、結城下館時代の作品にはさして見るべきものはないとして以来、この見方は定着してしまった。本当にそうなのか。若き蕪村のことは、まだまだヴェールに包まれたままだ。近刊『四明から蕪村へ』(郁朋社2021)で、四明筆の風景画や漢画・和画の手習いの跡がうかがえる未公開絵画を公表した。これらは蕪村絵画史の再検討を迫ることになるのではないか。今後のさらなる研究に俟ちたい。

●研究発表
 連歌・俳諧の懐紙書様の変遷―「藤の花形」と称されるまで / 廣木 一人 氏

【要 旨】
百韻連歌・俳諧の懐紙の様式は、四枚の折紙、表裏の句数、一句二行書き、などこれまでも明らかにされてきたことである。しかしながら、端作、賦物の位置、一面における字配りなどの詳細は、ほとんど言及されてこなかった。この書式は南北朝期にほぼ完成し、その後の固定期を経て、近世後期には、俳諧において、「藤の花形」と称されるまでに至ったと考え得る。会席の文芸としての連歌・俳諧の成就はこの懐紙に実現されるのであり、このあり様の確認は連歌・俳諧を考察する上で重要なことである。本発表では、主として鎌倉期から室町初期までの現存懐紙のあり様を追いつつ、懐紙書様史を示してみたい。
参考・拙稿「連歌・俳諧における懐紙という料紙−和歌懐紙を見据えて」(「近世文学研究」新編第5号」)

第454回
2020年11月21日(土)14:00〜16:30
深川江戸資料館(レクホール)
●江東区芭蕉記念館共催公開講演会

平賀源内と松尾芭蕉 /福田 安典氏

『おくのほそ道』と義経伝説  /深沢 眞二氏

第453回
2019年12月21日(土)14:30〜17:00
聖心女子大学1号館204教室
第32回テーマ研究  「俳文について考える」  
                                司会 佐藤 勝明 氏

●講演  狂文の骨法―俳文への意識と差異化      法政大学教授 小林 ふみ子 氏   
                  
【要旨】
 江戸狂歌における狂文の流れを作った大田南畝が俳文を強く意識していたことは、たびたび論じられてきた。若き日に『鶉衣』の文章に感銘を受けてその出版を手がけたことに始まり、歴代の俳文集同様に漢文の文体の規範に則して種々の文章を書いたことは、南畝の狂文集『四方のあか』(天明8年頃刊)所収の諸作にみてとれる。さらに同集に収められる「月見のことば」「おなじく俳諧文 風俗文選の体にならふ」があることを捉えて、両者の質の相違を論じることが、濱田義一郎・堀切実両氏によってなされてきた。
 本発表では、この狂文集編纂に用いられた稿本『かたつぶり』に注目し、その差異を形成する重要な要素として和歌的な修辞法があることを論じたい。同稿では2つの文章のうち前者の題の下に「和文」と注記されるが、これはその文章中でも狂歌を和歌の派生系と位置づける一方で、俳諧とは別の系統と捉えていることと軌を一にしている。それに照らすと、南畝が和歌に由来する修辞法ないしそれを遊戯化したこと、技巧を多用して戯れていることが注目される。『かたつぶり』にみられる他の文章の推敲過程でも修辞を重点的に直していることから、南畝が狂歌狂文を和歌の延長上において、それに由来する技巧で戯れることに狂文の特質をみいだしていたであろうという説を提示したい。
 さらに南畝のそうした修辞重視の姿勢は石川雅望らによって継承された一方で、俳文同様に漢文の文体規範に則るという意識は、他の狂歌師の間では広がりをみせなかったことも併せて示す。



●講演  『宝蔵』覚書―俳文史への視座―       九州大学准教授 川平 敏文 氏

【要旨】
 山岡元隣著『宝蔵』(寛文十一年刊)は、机・筆・墨・紙といった文房具から、鋤・機・砧・鍋といった日用の道具類まで七二品、それぞれについて、その徳を讃えた五百字程度の文章に、発句・狂詩を一句(首)ずつ添えたもの。これまで特にその文章部分が、後に芭蕉などによって確立される俳文の先駆けであるとして注目されてきた。
 近年、長坂成行氏の『篠屋宗礀とその周縁』(平成二十九年)によって、元隣は臨済宗妙心寺派の龍安寺霊光院に住した、偏易居士に学んだことが明らかになった。この事実に導かれれば、日常の器物への讃歌という『宝蔵』の趣向を考えるにあたっては、やはり禅の思想、および偈頌からの影響を重視する必要があると思われる。また本作を俳文史へどのように位置づけるかについては、徒然草の文体の影響、長嘯子の和文や蕉門の俳文との接続如何といった問題が考えられよう。これらについて私見を述べてみたい。
  
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