俳文学会東京研究例会
例会プログラム
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450回
2019年7月20日(土)14:30〜17:00
聖心女子大学1号館204教室
第31回テーマ研究 「芭蕉歿後の二潮流再考・芭蕉の正統とは何か〜文学から思想へ、作品から行為へ〜」

●シンポジウム
【趣旨】
芭蕉歿後の蕉門は、大きくは、支考を中心とする田舎蕉門と、其角を中心とする都会派の二潮流に分裂する。従来の俳諧史では、俗談平話を標傍し平明な句を志向する前者と、言語遊戯性が高く闊達・洒落で趣向を好む後者は、いわば対極にあると考えられてきた。また、支考は芭蕉の教えを曲解する一方で、其角は芭蕉から離反していったと見なされてきた。
もしそうだとすると、芭蕉の正統を継いだのは一体誰なのか。あるいは誰も継がなかったのか。そもそも、一体、なぜ同じ芭蕉から出た二つの「蕉門」が、正反対の方向へと向かうベクトルをもつに至ったのか。彼らが考えていた俳諧の本質とはどのようなものだったのか。支考や其角は、芭蕉から一体何を受け継ぎ、何を捨てたのか。それが後の俳諧にどのような影響をもたらしたのか。そのような問題は、依然として謎のままである。
そのような中、この二潮流を真正面から論じた書物が同一年月日に刊行された。2018年2月28日、ひとつは中森康之『芭蕉の正統を継ぎしもの 支考と美濃派の研究』(ぺりかん社)、もうひとつは稲葉有祐『宝井其角と都会派俳諧』(笠間書院)である。両書は、支考と其角の従来の評価、その根底にある従来の俳諧観を捉え直し、新しい支考像、其角像、俳諧概念を提起しようと試みたものである。
本シンポジウムは、この二書を契機に、上記の問題を再考し、俳諧とは何か、蕉門とは何か、芭蕉の俳諧観とは何か、支考と美濃派が目指した俳諧とは何か、其角と都会派俳諧が実践した俳諧とは何か、これまでの俳諧史はなぜそれをうまく描けなかったのか、といった問題について、両書の著者、司会者、フロアーの方々と大胆に議論をするべく企画されたものである。
なお、これらの問題は、多様な視点から様々な議論が必要である。そのため、討議の時間をなるべく長くとる予定である。

【報告者】
中森 康之 氏
稲葉 有祐 氏

【司会】
佐藤 勝明 氏

449回
2019年6月22日(土)14:30〜17:00
江東区芭蕉記念館
●研究発表
『新撰菟玖波集』編纂過程を示す宗祇書状二通(早稲田大学図書館蔵)について / 廣木 一人 氏

【要旨】
宗祇の書状は現在、八十余通ほどの存在が知られており、田中隆裕・末柄豊・両角倉一(宗祇事跡年表中)によってその所在が示されている。当該書状も既に早稲田大学図書館関係のホームページ、展示、小冊子などで既知のものである。しかし、このうちの一通(明応4年正月5日、細見殿宛)は上記三者のどれにも見えず、一通(明応4年6月7日、夢庵宛)は両角によって古書店目録に見えるとされているだけで、いまだ、学会に広く認知されているとは言えない状況にある。
 当該書状は『新撰菟玖波集』編纂の実態を示す貴重な資料である。『新撰菟玖波集』の研究は金子金治郎以後、ほとんど進展していない。また、宗祇書状に関する詳細な研究もない。本発表では、当該書状および関連書状、計五通(金子金治郎が宗祇出自を近江伊庭氏とする傍証とした蒲生氏への書状二通、『連歌俳諧研究』3で紹介された金関丈夫蔵、『新撰菟玖波集』入集句数書上げに関する書状一通)を挙げ、翻字、宗祇自筆の可否についての私見を述べ、『新撰菟玖波集』編纂事情把握における重要性を示したい。特に宗祇自筆書状の真贋に関して、大方の御教示を得、今後の宗祇書状研究の基盤としたい。

●研究発表
紹巴連歌の特色 / 松本 麻子 氏

【要旨】
 紹巴については、早くに島津忠夫が「連歌の終焉に大きくつながるもの」(『連歌史
の研究』)とし、これまでの研究史を概観すると、心敬・宗祇そして宗養の「文芸性」
には及ばない作者という評価で一致している。しかし、彼は現在確認できるだけで六〇
〇に近い百韻を残した連歌師である。廣木一人は近世連歌を紹巴の血筋が支え、「貞徳
という門弟を育て、俳諧の系譜にも大きな地位を占めた」(『連歌という文芸とその周
辺』)と述べる。そこで本発表では、紹巴俳諧の特色について検討したい。紹巴の連歌
には本歌や本説の詞を用いない「心付け」の句が見られるが、このような付け様が近世
以降の付合文芸にも影響を与えたと考えられる。紹巴の百韻を確認しながら、宗養まで
の時代とは異なる紹巴の目指した連歌について明らかにしたい。

448回
2019年5月25(土)14:30〜17:00
江東区芭蕉記念館
●研究発表
 荒木田麗女『鵙の草ぐき・竹の落葉』について / 雲岡 梓 氏

【要 旨】
『鵙の草ぐき・竹の落葉』は、荒木田麗女の独吟連歌集である。本書に収められる独吟百韻には、半数以上の句に麗女の自注が付され、本歌や本説および付合の意図が明示されている。本書の全体像を提示し、自注の内容を分析することによって、麗女の連歌の特色に言及する。
また、麗女は『源氏物語』、『伊勢物語』という一般的な物語作品だけではなく、『宇津保物語』、『栄花物語』、『古事記』、『日本書紀』、『続日本記』、『方丈記』、『三代実録』等を本説に用いていたことが自注から読み取れる。こうした特殊な本説の使用は、麗女以外にも近世期の連歌に例があることを指摘し、近世期の連歌作者が古典教養を深めることで新たな表現を生み出そうとしていた可能性を指摘する。

●輪  講
 『続の原』発句の部・第16回 / 山田 喜美子 氏 
【夏の部−23〜27番】

447回
2019年4月27日(土)14:30〜17:00
江東区芭蕉記念館
●研究発表
 『おくのほそ道』発端の再検討 / 深沢 眞二 氏

【要 旨】
 現代の『おくのほそ道』活字資料や注釈書では、冒頭から「庵の柱に懸置」までを一つの章としてそこで切り、続く「弥生も末の七日」から「見送るなるべし」までを第二の章として扱うことが通例となっている。しかし、両者を一つの文章として読んでこそ、「時間という旅人」の主題が明確になるのではないか。「草の戸も」句の解釈や、紀行全体の時間軸のありようを確かめつつ、『おくのほそ道』の発端にこめられた意図を考える。


●輪  講
 『続の原』発句の部・第15回 / 藤井 美保子 氏 
【夏の部−18〜22番】

第446回
2018年12月22日(土)14:30〜17:00
聖心女子大学1号館204教室
第30回テーマ研究  「歴史史料と連歌・俳諧」  
                                 司会 深沢 眞二 氏

●講演  多胡碑の江戸時代〜『上毛多胡郡碑帖』と『俳諧多胡碑集』   和田 健一 氏   
                  
【要旨】
 昨年10月にユネスコ「世界の記憶」に登録された上野三碑(こうづけさんぴ)は、飛鳥〜奈良時代の重要な石碑群として江戸時代から知られていた。そのうち多胡碑は、わが国唯一の建郡記念碑として青木昆陽・伊能忠敬などの知識人が、書物に記し、また碑を訪れている。その転機となったのが、江戸の書家沢田東江『上毛多胡郡碑帖』(宝暦7年/共著)と、加賀の俳人高桑闌更『俳諧多胡碑集』(安永3年)の出版である。本発表では、東江・闌更と地方文人・俳人との交流を通して、古代の石碑を題材とした両書の文化史的意義を考える。


●講演  菟玖波集前後—後光厳天皇と二条良基      慶應義塾大学教授 小川 剛生 氏

【要旨】
 菟玖波集は後光厳天皇の延文二年(一三五七)に成立し、綸旨によって閏七月に勅撰和歌集に准じられた。
これは連歌の地位向上を企てた二条良基が武家の圧力を借りて実現した、というのが通説であるが、この点、新たな史料をもとに考え直す。
 ここで多数遺されている後光厳天皇の宸翰が活用できる。当時の書札礼等を踏まえて差出人・年代を特定することで、後光厳と良基との関係が新たに浮かび上がる。菟玖波集の成立事情を再考するとともに、当時の歌壇・連歌界の動向に及びたい。

445回
2018年11月17日(土)10:00〜16:00
文学散歩(鶯谷・浅草寺)
平成30年度俳文学会東京研究例会「鶯谷・浅草寺文学散歩」

1、実施日    平成30年11月17日(土) ※雨天決行

2、集 合     @[午前の部]午前10時、JR鶯谷駅北口改札口集合
          A[午後の部]午後2時、浅草寺雷門前集合
            ※途中参加・途中退場可
            ※担当者運営委員 安保博史氏(連絡先は案内ハガキに記載)
   
3、主な行程  
[午前の部]
@鶯谷駅北口10:00集合→A豆腐料理「笹の雪」(子規句碑見学)10:10〜10:15→B子規庵(見学、入庵料500円、10:30開館)10:20〜11:00→C小野照崎神社(見学、小野篁・菅原道真を祀る)11:15〜11:30→D池波正太郎記念文庫(見学、入館料無料、企画展「池波作品の舞台は今!鬼平犯科帳」)11:45〜12:10→E日比谷線入谷駅1番12:27発→地下鉄移動(2分)→F日比谷線上野駅12:29着→乗り換え→G銀座線上野駅12:38発→H銀座線浅草駅12:43着→I昼食休憩(自由時間、12:50〜13:50)

[午後の部]
@浅草寺雷門前14:00集合→A浅草寺散策(句碑・塚碑など見学)14:00〜16:00→B浅草寺雷門前16:00解散 ※解散後、浅草寺周辺の居酒屋にて打ち上げ(有志)

【浅草寺関係順路】
浅草寺雷門(風神雷神像)→仲見世通り→宝蔵門(大わらじ)→宝蔵門右奥の弁天山(芭蕉「花の雲  鐘は上野か浅草か」)、同左側浅草寺総本坊伝法院→浅草寺境内散策(被官稲荷・九代目団十郎銅像・西仏岩子象・算子塚など)→山東京伝机塚(山東京伝の机を埋めた机塚)・三匠句碑(宗因「ながむとて花にもいたし頚の骨」、芭蕉「花の雲鐘は上野か浅草か」、其角「ゆく水や何にとどまるのりの味」)、扇塚・都々逸塚・添田唖蝉坊塚・粧太夫歌碑・久保田万太郎句碑・中村吉右衛門句碑・二代目市川猿之助句碑・市川團十郎「暫」像など
    ※浅草寺から徒歩20分、曹洞宗出山寺に其角句碑がある。
    ※浅草寺の山東京伝机塚の碑は必見です。老い朽ちたわが身を、使い古びた机に重ね合わせ
     て、自己の人生を感慨深く顧みる「書案之紀」を読むと、身に沁みて共感されるものがあ
     ります。

444回
2018年9月15日(土)14:30〜17:00
江東区芭蕉記念館
●研究発表
子規句における「ほととぎす」のイメージについて /王 笑宇 氏

【要 旨】
 本発表は、正岡子規の俳句における「ほととぎす」のイメージについ考察するものである。周知のように、子規は喀血した自分のことを「子規」に喩えた。しかしながら、これは彼が提唱した「写生」の理念とは矛盾しているのではないかと考える。子規の「ほととぎす」についての句を検討したら、「ほととぎす」という鳥を観察しながら作句する可能性が低い。そこで、本発表では、子規がいかに「ほととぎす」に新しい意味合いを付与したのかを考察することとする。日中古典文学のイメージとは違って、子規は近代人としての自我を「ほととぎす」に託して句を作ったのが俳句革新運動の一つの特徴になるのではないかと考える。

●研究発表
 芭蕉は西行をどのように受容したか /村上 智子 氏

【要 旨】
 芭蕉は西行をどのように受容したかを知りたい、というのが修士論文にとりかかる際の動機であった。そこで芭蕉が生きていた時代の、刊記が明らかな西行関連書物を広く調査し、『撰集抄』『山家集』その他を通じて、芭蕉が心の濁りを澄ませてゆく過程を追跡した。芭蕉の西行受容が読書によるのか、口伝によるのかは永遠の謎であろうが、本発表では、少なくとも近世初期から芭蕉生涯の前半期には、西行の主たる著作が刊行され、芭蕉が実際に手にとることは可能であったことを追認し、今後の西行受容研究の基礎としたい。

●研究発表
同志のつながり―与謝蕪村「小鼎煎茶」画賛を読む /山形 彩美 氏

【要 旨】
 『蕪村全集』6巻(講談社 1998年)の「俳画」15に掲載される「小鼎煎茶」画賛(俳句文学館蔵 一幅)は、明和7年(1770)〜安永6年(1777)の制作とされる。画には、岩の上に座す高士(老爺と壮夫)に向き合い茶を煎じる童子が描かれ、画面右端に李商隠の漢詩と、其角・芭蕉・嵐雪・蕪村の発句が一句ずつ書きつけてある。
本発表では、画と賛(漢詩・発句)を読み、本図に同志のつながりが表現されていることを述べる。具体的には、煎茶を含め、蕪村ら江戸時代の文人が関心を抱いていた中国文化に匹敵するものとして蕪村が其角、芭蕉、嵐雪の作品を挙げ、自らもその流れに与せんとする意思表示が読みとれる、との解釈を提示する。 

443回
2018年7月21日(土)14:30〜17:00
聖心女子大学1号館204教室
●研究発表
 連歌古注釈の叙述法ー宗牧注を中心にー / 浅井 美峰 氏 

【要 旨】
 連歌の古注釈は、連歌作者によって先達の連歌を学ぶために読まれたもので、連歌作品の単なる鑑賞のためのものではなかった。そのため、連歌以外の古注釈に見られるような秘伝的な言説が見られず、基本的に平明な分かりやすい説明が為されている。本発表では、その中でも詳細な記述が特徴とされる宗牧の百韻の注釈を中心として、連歌の古注釈の叙述、例えば注釈の中に一定の様式が見られること等から、当時の人々が連歌の付合をどのように理解し稽古していたのかを考えていきたい。

●研究発表
 享保江戸座俳諧と新名所ー菊岡沾凉の活動を例としてー / 真島 望 氏

【要 旨】
 新興都市である江戸には、古来の歌枕が乏しい反面、江戸時代以降生成された新しい名所が多いのが特色と言える。その傾向が明確にあらわれたのが、露沾門の菊岡沾凉による地誌『江戸砂子』(享保十七〈一七三二〉刊、続編同二十刊)であった。
 本発表では、絵俳書の絵師としても知られる全角画「武蔵国雑司谷八境」(早稲田大学図書館蔵)成立に、沾凉が深く関わることを明らかにした上で、それを一例として、享保江戸座俳諧が江戸の名所創造にいかに関わったのか、そしてそれが後世にどう影響したかについて検討し、沾凉らの行為が文化史・文学史的にいかに位置付けられるのか考察する。

第442回
2018年6月16日(土)14:00〜16:30
深川江戸資料館地下1階レクホール
●【講演】テーマ「忠臣蔵と俳諧・川柳」(江東区公開講座を兼ねます) 司会:深沢 了子氏


(1)赤穂浪士と江戸の俳人たち          稲葉 有祐氏

(2)忠臣蔵の川柳    跡見学園女子大学教授  岩田 秀行氏

441回
2018年5月19日(土)14:30〜17:00
江東区芭蕉記念館
●研究発表
 作品紹介 【四明筆紙本墨画幅】/冨田 鋼一郎 氏 

【要 旨】
 本発表では四明の落款を持つ紙本画幅を紹介する。蕪村は宝暦四年、三九歳から同七年までの丹後時代、画嚢・詩嚢を蓄え、様々な画号・印章を試みたが、その後ほとんど用いられなくなった。そこには修業時代が終わったとの意識が働いていたのかもしれない。

●研究発表
 蕪村晩年の「恋」と俳諧 / 玉城 司 氏

【要 旨】
 蕪村が「雛糸」の戯名で記した発句十を記した懐紙と月渓の極書(証画入り)を紹介する。この内、八句は従来知られていなかった句で、月渓の極めによれば、「ことにおとりたる風調をまねて」詠んだものというが、如何だろうか。また、月渓の証画をヒントに、安永九年四月二十五日付け道立宛蕪村書簡の筆蹟を再検討して、「妹が垣根さみせん草の花咲ぬ」句と「老が恋わすれんとすればしぐれかな」句について考え、蕪村晩年の俳諧について私見を述べたい。
  
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