俳文学会東京研究例会
例会プログラム
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434回
2017年5月20日(土)14:30〜17:00
江東区芭蕉記念館
●研究発表
 元禄二年の芭蕉の「初雪」二句について   / 深沢眞二氏
【要 旨】
 尾形仂先生は1995年6月17日の本研究会において、「芭蕉発句雑考」と題して「初雪に兎の皮の髭つくれ」句等の解釈に新見を示された。それはのちに『俳句の可能性』所収の「俳句の読み」という論考となり、尾形先生の解は定説となりつつある。22年後の今、「初雪に」句について、とくに「兎の皮」のもつ象徴的な意味を考慮する必要があるという視点から、新たな解釈を提示したい。また、同じ元禄2年の芭蕉発句「初雪やいつ大仏の柱立」との関わりについても考察する。

●輪  講
 『続の原』発句の部・第13回 / 深沢了子氏 
【夏の部−8〜12番】

第433回
2017年4月15日(土)14:30〜17:00
江東区芭蕉記念館
●研究発表
 『夜半亭蕪村句集』収載句調査報告 / 清登典子氏
【要 旨】
 『夜半亭蕪村句集』については、すでに昨年の東京例会公開講座において、春夏部までの調査に基づいて他句集との関係や位置づけについての見通しを中間報告として述べさせていただいた。その後、秋冬部も含む収載句についての一応の調査を終えることができたので、今回はその調査から見えてきた収載句の情報を提示するとともに、先に示した他句集との関係や位置づけについての検証を行いたいと思う。

●輪  講
 『続の原』発句の部・第12回 / 大城悦子氏 
【夏の部−3〜7番】

第432回
2016年12月17日(土)14:30〜17:30
聖心女子大学1号館204教室
第27回テーマ研究 「芭蕉 真蹟・偽筆・写しの判定 ―新出資料をめぐって―」

1「芭蕉の墨蹟を考える−「野ざらし」の関連資料から−」  小林 孔 氏

 芭蕉の墨蹟を判定する場合に、A氏が自信をもって真蹟と判断しても、B氏がその鑑定を不服に思うことはしばしばありえよう。ひとことで言えば、A氏とB氏の判断(考え方)の基準が相違しているからである。私は、真蹟と判断されたものでも、揮毫(成立)年次の考証に誤りがあれば、もう一度、真贋を白紙に戻して再検討をすべきかと考える。これも判断の基準のひとつである。そうしなければ、芭蕉の筆蹟はいつまでも正しい位置付けがなされぬまま、感性の領域から解放されることは難しいし、文字を体系的に判定する目が養われることはまずありえない。
 そこで、玉城司氏が昨年の俳文学会、および学会誌上で公表された新出句文をとりあげ、原本未見ではあるものの、その揮毫年次に再考を促すべく、私なりの解答を用意し、考証過程を明らかにしながら、新出句文の紙面に現れた芭蕉の真贋に迫ってみたい。
 
2「大垣市の「特別出品芭蕉新資料」の検討」  玉城 司氏

 新出芭蕉資料の真贋についてオープンに議論することは、今後の芭蕉研究にとって有意義である。今年は1993年刊『芭蕉全図譜』後23年、この間、自筆本「奥の細道」ほか20点ほどの芭蕉新資料が紹介されている。それらの内、俳文学会67回全国大会(於大垣市)において小林孔氏が真蹟と認定紹介された元禄六年の芭蕉書簡、玉城が紹介した懐紙等について私見を述べ、小林氏におうかがいしたい。

3 討論「なぜ芭蕉資料について判定する必要があるのか」                                                          ファシリテーター 田中 善信氏

第431回
2016年11月19日(土)14:30〜17:00
江東区芭蕉記念館
●研究発表
  「座の文芸における連歌撰集の位置づけ―心敬と宗祇の場合−」/ 松本 麻子 氏

【要 旨】
 連歌撰集や連歌師の句集等にある発句・付合は、百韻や千句から採られたものである、と何となく考えられてきた。例えば『新撰菟玖波集』を調査すると、入集句の大半は元の資料が不明であるが、これらの句は散逸した又は未発見の資料から抜き出されたものであると理解されている。しかし、果たしてそう言えるのかを検証したい。心敬は自身の句集に、参加した百韻・千句の句を採り入れることはほとんどなかった。宗祇の姿勢はどうか。座の文芸における撰集の位置づけを、心敬と宗祇の立場から考察したい。

●研究発表 伊達慶邦一座の七種連歌をめぐって / 綿拔 豊昭 氏  

【要 旨】
 仙台藩伊達家では、元和年間から毎年一月七日に連歌を行い、それは江戸時代最後の慶応四年まで継続された。「七草粥」の信仰を連歌に取り入れたものと考えられ、「七種連歌」と称される。伊達慶邦は仙台藩最後の藩主である。文事では「宮城百人一首」の編纂を命じたことで知られる。年頭行事としての連歌にもかかわらず、伊達慶邦は実際に句を詠じたと思われる。本発表で、幕末期の七種連歌がどのようなものであったかを明らかにしたい。

第430回
2016年9月17日(土)14:30〜17:00
江東区芭蕉記念館
●研究発表
 明治三十年前後に於ける鷗外の俳句作風―子規派との交流の中で― / 根本文子氏
【要 旨】
 鷗外の俳句作品はあまり知られていない。とはいえ、子規が「明治に於ける俳句集の嚆矢」と序する日本派(子規派)の『新俳句』(明治31・3・14)に明治の俳人の一人として取り上げられる以上、その作風を追及する意味はあるだろう。俳人としての鷗外は子規との交流における三つの段階を踏んで進化している。その第一は明治二十九年一月三日、子規庵に設けられた「発句始」の会に参加したことで、その句座は期せずして子規、鷗外、漱石という明治の文豪三人が同席する会となった。第二は同年一月三十一日に鷗外が創刊した文芸誌『めさまし草』に掲載する日本派の俳句をめぐる交流、第三は明治三十一年の鷗外と子規に共通する、草花への強い執着である。このたびの発表は以上の三つの階段を踏まえつつ鷗外俳句の進化の跡をたどり、鷗外の「鷗外漁史とは誰ぞ」に於ける子規評価を含めて二人の影響関係を考える。

●輪  講
 『続の原』発句の部・第11回 / 吉田健一氏 司会:松本麻子氏
【春の部−56番〜58番 夏の部−1〜2番】

第429回
2016年7月16日(土)14:30〜17:00
青山学院大学
●研究発表
 連歌論書の再生産―宗養連歌伝書と季吟俳論書― / 寺尾麻里氏
【要 旨】
 俳論書を著すとき、松永貞徳が連歌論書を用いていたことは、小高敏郎氏『松永貞徳の研究 続編』や、木藤才蔵氏「貞門俳諧と連歌との交渉」によって明らかにされており、また、貞徳の門弟・北村季吟による俳論書『俳諧埋木』が、宗養の名を冠する連歌伝書の影響下にあることも、両氏によって指摘されている。このような、俳諧文化圏における連歌論書の受容という大枠のなかで、本発表では、連歌論書が再生産されるということの一例を示したい。

●研究発表
 絵俳書『名物鹿子』の成立―江戸名物類聚発生に関する一考察― / 真島望氏
【要 旨】
 江戸自慢としての網羅的名物類聚で、まず屈指されるべきは、文運東漸後に簇出する名物評判記の類と、その先蹤とも言うべき名物番付であろう。しかし、俳諧の分野においては既に享保期に、それに通ずるような試みが行われていた。それが、江戸座の俳諧師露月編の絵俳書『名物鹿子』(享保十八刊)である。本書は風俗資料としてよく知られ、評価されてきたが、必ずしもこれまで本格的に検討対象とされたことは無いようである。そこで、本発表では、『名物鹿子』について、その概要と文学史的位置、さらには江戸名物の類聚という現象のあらましや、それが享保期に絵俳書という姿で顕現したことの意味について、若干の考察を試みたい。

第428回
2016年6月18日(土)14:00〜16:30
深川江戸資料館地下1階レクホール
●【講演】テーマ「芭蕉と蕪村」(江東区公開講座を兼ねます) 司会:深沢了子氏

(1)「蕪村の俳諧活動と句集―原本新出『夜半亭蕪村句集』の位置づけ―」 清登典子氏

(2)「蕪村句稿の世界―夜半亭の楽屋―」 関西大学教授 藤田真一氏

第427回
2016年5月21日(土)14:30〜17:00
江東区芭蕉記念館
●研究発表
 荒木田麗女『麗女独吟千句』をめぐって / 時田紗緒里氏
 【要 旨】
 荒木田麗女は、江戸時代中期を代表する女流文学者である。彼女は多数の著述を成す一方で、西山昌林・里村昌廸にも師事し、伊勢における連歌の指導者的立場にあった。麗女自筆の『麗女独吟千句』は、麗女が千句連歌を詠んで頭註をつけた作品である。今回の発表では、本作品の一句目から百句目の分析を試みる。頭註や句作り、出典における諸問題について、特に『夫木和歌抄』の利用を中心に検討し、麗女の連歌の特色を明らかにする。

●研究発表
 花は三句物か四句物か―心敬『私用抄』を基軸として / 生田慶穂氏
 【要 旨】  
 連歌百韻における花は、室町末期に四句物に定着するが、良基から宗祇の時代にかけては、三句物か四句物かで絶えず揺れていた。心敬『私用抄』には、花四句から花三句、さらに花三句から花四句への移行を反映する異同がみられ、花の句に対する独自の解釈が窺える。『河越千句』等、当時の関東における実作の状況は、花四句・花三句が混在し、花二句も行われるなど混乱を極めていた。『私用抄』は花三句と花四句の両説を認める柔軟な姿勢を示したものといえるが、その見解はやがて花四句説に取り込まれていく。

第426回
2016年4月16日(土)14:30〜17:00
江東区芭蕉記念館
●研究発表
 天保期における伊賀俳壇―芭蕉百五十回忌を中心に― / 竹下義人氏
 【要 旨】
 天保俳諧といえば、低俗と評されることが通り相場のようである。実際そうした俳風を醸成する要因ともなった月次句合は各地で流行し、芭蕉を生んだ伊賀の地もまたその例外ではなかった。折しも天保十四年は芭蕉百五十回忌に当たっていた。この節目を当代の俳壇はどのように迎えたのか。かようなことを念頭におきつつ、本発表では、天保期における伊賀俳壇の様相を、追善会や月次句合の募句チラシなどを手がかりに考察していく。

●輪  講
 『続の原』発句の部・第10回 / 七井亜聡氏 司会:中嶋隆氏
【春の部−51番〜55番】

第425回
2015年12月19日(土)14:30〜17:00
聖心女子大学 1号館204教室
第26回テーマ研究 近世の歌枕・俳枕   司会 松本麻子氏  

●研究発表 「名所・俳枕と時代 ―内藤家の活動を軸として―」 稲葉 有祐 氏
 (要 旨)
 高野幽山は寛文二年頃から諸国を行脚して全国の名所旧蹟に因む句を収集、『能因歌枕』に想を得た『俳枕』(延宝八年刊)を編纂する。江戸俳壇のパトロン的存在として幽山らを庇護した磐城平藩主、内藤風虎(義概)もまた、寛文十二年に『奥州名所百番発句合』を主催する。両書を、その背景となる時代相から位置付けてみたい。
 寛文七年、幕府は諸国巡検使を派遣し各国の情勢を監察、一方で各藩主らは領内の地誌作成を進めていく。近世地誌編纂は保科正之の命による『会津風土記』を嚆矢とするが、磐城平藩も同八年、葛山為篤に命じて『磐城風土記』編纂を開始していた。同十年の家督相続をも視野に入れ、風虎らの活動について考える。


●講演 「歌枕から名所へ―幕府の巡見使と地誌―」  錦 仁 氏(新潟大学名誉教授)
 藩主はなぜ堂上派歌人に入門し、和歌の手ほどきを受け、秘伝書の伝授を乞うのか。和歌は素人の文学である(小西甚一)。古今集などをよく学び、表現の作法を覚え、習練を積めば、それなりにうまくなれる。先生はいてもよいが、いなくてもうまくなれる。
 歌枕の場所をピンポイントで確定することはできない。なのに藩主は、領地に名所を設けて歌を詠む。併せて漢詩も詠むし、発句を詠むこともある。和歌と漢詩のセットが名所の基本条件である。
 歌枕・名所の背後にいかなる思想があるのか。興味深いのは、幕府派遣の巡見使が前もって各藩に歌枕・名所の場所を報告させ、見てまわることだ。彼らの調べた歌枕・名所は、領地の境目、石高、産物、神社・仏閣などと共に、各藩の地誌に記載される。
 歌枕・名所をめぐる各藩の動きを明視し、近世期へ続いてきた和歌の思想をあきらかにしたい。今回は、その手がかりを示す。
  
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